浅草新堀端善照寺隠居所に住んだ。
 一日《あるひ》志保は病んで治を伊沢氏に請うた。これが榛軒の志保を見た始であつた。そして榛軒は遂に志保を娶るに至つた。
 志保の飯田氏と称するは、其外祖母の氏である。其生父は京都の典薬頭某の嫡子であつた筈である。
 志保は生父の遺物として一の印籠を母の手より受けてゐた。印籠は梨地に定紋を散らしたもので、根附は一角《ウニコオル》、緒締は珊瑚の五分珠であつた。母は印籠を志保に交付して云つた。「是はお前の父上の記念《かたみ》の品だ。お前が男子であつたなら、これを持たせて京都のお邸へ還すべきであつた。女子であつたので、お前は日蔭者になつたのだ。」印籠は失はれて、定紋の何であつたかを知らない。
 志保は生父を知らむと欲する念が、長ずるに随つて漸く切になつた。榛軒に嫁した後年を経て、夫の友小島春庵が京都へ往つた。春庵は志保に何物を齎し帰るべきかを問うた。志保は春庵に二物を得むことを請うた。

     その二百二

 わたくしは此に蘭軒の嫡子榛軒の新婦飯田氏志保の素性に就て伊沢分家口碑の伝ふる所を書き続ぐ。
 小島春庵が将《まさ》に京都に往かむとする時、志保に何物
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