の比目魚《かれひ》を銜《くは》へて来て、蘭軒の臥所《ふしど》の傍《かたはら》に置いた。
忽ち厨《くりや》の方《かた》に人の罵り噪《さわ》ぐ声が聞えた。程近き街の魚屋《うをや》が猫に魚を偸《ぬす》まれて勝手口に来て女中に訴へてゐるのであつた。
蘭軒は魚《うを》の価を償うた。そして猫に謂つた。「人の家の物を取つて来てはいけぬ。」
次の日に猫は雉を捕へて来た。蘭軒の屋《いへ》の後には仮山《つきやま》があつて草木が茂つてゐた。雉はをり/\そこへ来ることがあつたのを、猫が覗つてゐて捕へたのである。
魚を偸んだと雉を捕へたとの二つの事が相踵《あひつ》いで起つたので、家人は猫が人語を解すると以為《おも》つた。是より猫は家人の畏れ憚る所となつた。
猫は蘭軒歿後にも榛軒に畜《か》はれてゐて、十三年の後に死んだ。榛軒の妻は蘭軒の旧門人塩田楊庵に猫を葬ることを託して、金二朱を裹《つゝ》んで寺に布施せしめた。
楊庵は金と猫の屍とを持つて、本郷菊坂の長泉寺に往つた。長泉寺の当時の住職は楊庵の小父であつた。
住職は不在であつた。楊庵は寺の僕に猫を※[#「やまいだれ+(夾/土)」、第3水準1−88−5
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