近視であつたと云ふことは、或は事実であらうか。
河童が存在するか。又仮に存在するとして、それが化けるか。此等は評論すべき限で無い。額の正中《せいちゆう》に一|目《もく》を開いてゐる畸形は胎生学上に有りやうがない。
要するに一つ目小僧物語の評は当時の蘭軒の言《こと》に尽きてゐる。「お前が見損つたのだ。」
次に鶏肋《けいろく》として存じて置きたい一話は、蘭軒が猫を愛したと云ふ事で、その蓄《か》つた所の桃花猫《とき》と呼ばれた猫の伝さへ口碑に遺つてゐる。これより伊沢氏|桃花猫《たうくわべう》の伝に入る。
その百九十一
伊沢分家の口碑に伝ふる所の猫の事は、聴くがままに記すれば下《しも》の如くである。
蘭軒の愛蓄する所の猫があつた。毛色が白に紅《くれなゐ》を帯びてゐた。所謂|桃花鳥《とき》色である。それゆゑ名を桃花猫《とき》と命じた。
或時蘭軒が病んで久しきに瀰《わた》つたので、諸家の寄する所の見舞物が枕頭に堆積せられた。蘭軒は褥中にあつて猫の頭《かうべ》を撫でつつ云つた。「余所《よそ》からはこんなにお見舞が来るに、ときは何もくれぬか。」
少焉《しばらく》して猫は一尾
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