そこらにゐはしませんか。」若党の声は顫えてゐた。
「ばかな事を言ふな。一つ目小僧なんぞと云ふものがあるものか。お前が見損《みそこな》つたのだ。」
「いゝえ、河童が化けて出たのです。あの閻魔堂の前の川には河童がゐます。」
蘭軒は高笑《たかわらひ》をした。「化物話を聞いてゐるうちに、目が闇に慣れて来た。思の外暗くは無い。まあ、提灯が燃えないで好かつた。早く提灯と傘とを拾つて一しよに来い。」
若党は四辺《あたり》を見廻したが、見える限の処には人影が無かつた。童子もゐなかつた。
以上が伝説である。伝説には解説が附いてゐる。河童が一つ目小僧に化けて出て蘭軒に戯れたが、伊沢氏には近視の遺伝があつて、蘭軒は童子の面《おもて》を見ることを得なかつた。伊沢氏の近視は瞳孔の太《はなは》だ小いためだと云ふのである。
瞳孔の平均径は人毎に異つてゐる。しかし其広狭のために瞻視《せんし》を害することを聞かない。虹彩の瞻視を害することは、後天の変形には或は有るが、先天には恐くは有るまい。
近視が往々遺伝することは固よりである。しかし是は虹彩や脈絡膜の病では無い。伊沢氏に近視の遺伝があつたと云ふこと、蘭軒が
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