題してある。想ふに仙歌亭の宴が祖筵を兼ねてゐたのであらう。「荷花万頃競嬌※[#「女+堯」、第4水準2−5−82]。筆硯杯盤香気飄。詞賦君裁雲錦色。携帰宜向故園驕。」
 六月と七月との詩の間に、「賜題」と註した二首の詩がある。題は「放螢」、「摘枇杷」で、阿部|正寧《まさやす》の賜ふ所であらう。蘭軒は七絶各一を作つた。別に「侍筵賜題并韻」と註した一首がある。題は「池辺納涼」で、蘭軒は五絶一を作つた。此三首の次に尚「題坡仙赤壁図」の七絶一がある。
 七月十五日に「七月既望即事」の詩がある。「露蕉風竹影婆娑。又是良宵病裏過。江上泛舟看月客。詩思飲興百東坡。」
 七月と八月との詩の間に、「送山村士彦帰福山」、「恭次高韻、時駕将帰藩」の二詩がある。
 山村は恐くは山室の誤であらう。詩は一|韻到底《ゐんたうてい》の五古で、其中に就いて士彦の身上の事二三を知ることが出来る。士彦の福山藩士なることは、独り題に「帰福山」と云ふより推すべきのみでは無い。「我藩士彦君。温性而雄志。」士彦は寛政十一年生で、戊子には三十歳であつた。「君劣卅平頭。少於吾廿二。」士彦は曾て菅茶山の塾にゐて、後に藤某《とうぼう》の門に
前へ 次へ
全1133ページ中590ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング