理にタンペラマンを分つ類である。そして所謂年忌は形と色《しよく》との相応せざるより生ずる。「十六歳。二十五歳。三十四歳。四十三歳。五十二歳。六十一歳。皆人之太忌。不可不自守也。感則病行。失則憂矣。当此之時。無為姦事。是謂年忌。」試に榛軒の年歯を以てこれに配するに、其十六、二十五、三十四、四十三、五十二、六十一は文政己卯、戊子、天保丁酉、弘化丙午となる。そして安政乙卯の五十二は歿後四年、元治甲子の六十一は歿後十二年となる。按ずるに文政己卯は柏軒|甫《はじめ》て十歳で、藩主の賞詞を蒙つた直前である。是は蚤《はや》きに失する。天保丁酉は柏軒が既に二十八歳になつてゐる。その学に志した時が二十前後であつたと云ふに契《かな》はない。是は晩《おそ》きに失する。柏軒が兄を諫め、榛軒が弟を奨《はげ》ました時は文政戊子ならざることを得ぬのである。
 榛軒詩存に「贈柏軒」の七絶がある。題下に「柏軒来諫過酒」と註してある。或は此時の作ではなからうか。詩存は富士川游さんの所蔵の写本である。惜むらくは編年でないので、「贈柏軒」の詩の如きも、何れの年に成つたかを知ることが出来ない。詩は思ふ所あつて略する。

   
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