自ら緩急がある。限ある財を以て限なき書を買ふことは出来ない。矧《いはむ》や月ごとに数十金を捐《す》てて無用の淫書を買ふは、わたくしの能く耐ふる所でない。
 且|啻《たゞ》に兎園稗史《とゑんはいし》を排すべしとなすのみでは無い。史伝を集刊すると称して、絵入軍記を収め、地誌を彙刻すると称して名所図絵を収むるが如きも、わたくしは其意の在る所を解するに苦む。書を買つて研鑽の用に供せむと欲する少数者は、遂に書を買つて娯楽の具となさむと欲する多数者の凌虐《りようぎやく》に遭ふことを免れぬのであらうか。
 設《も》し此に一会社の興るあつて、正学一派のために校刻の業に従事し、毫も好事派を目中に置かなかつたら、崇文盛化《そうぶんせいくわ》の余沢《よたく》は方《まさ》に纔《わづか》に社会に被及《ひきふ》するであらう。
 仄に聞けば、頃日《このごろ》暴富の人があつて、一博士の書を刊せむがために数万金を捐《す》てたさうである。わたくしは其書の善悪を知らぬが、要するに一家言である。これに反して経史子集の当《まさ》に刻すべくして未だ刻せられざるものは、その幾何《いくばく》なるを知らない。世に伝ふる所の松崎|慊堂《
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