イウな力に乏しかつたものと見える。さて人に書かせて見れば、それに満足することは出来なかつた。茶山は本文に数倍する細註を加へた。
此書に添へた前年丙戌の詩はいづれの詩なることを知らない。歳首の二篇は集に「元日二首、丁亥」と題する作で、上《かみ》にわたくしの句を摘んだものと同じである。
その百七十六
菅茶山の丁亥歳首の書には、蘭軒の家族四人を除く外八人の名が見えてゐる。茶山は蘭軒の妻益、其子榛軒柏軒を筆に上《のぼ》せて、単に「宜奉顧上候」と云ふに過ぎぬが、其中榛柏二子の名をば三たびまで書して慇懃を極めてゐる。且其成長の状を想ふとも云つてゐる。最奇とすべきは書中に所謂「月事の姫」である。按ずるに是は蘭軒の女《ぢよ》長《ちやう》を斥《さ》して言つたものである。父蘭軒は前に書を茶山に寄せた時、何かの次《ついで》に長が身上に説き及んで、天癸《てんき》の新に至つたことを告げたのであらう。長は是年十四であつた。
他の八人中先出でてゐるものは第一、牧黙庵《まきもくあん》の「直卿」である。黙庵は当時江戸にゐた。そして書を茶山に寄せて丙戌以後蘭軒が頻に詩会を催して少年子弟を誘掖することを
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