覚書の載《の》する所にして、此に至るまでわたくしの全く取らずに置いたのは、門人に関する事である。所謂内弟子の出入《でいり》は皆藩主の認可を経たものである。覚書には凡七人の名が見えてゐる。曰|安西了益《あんざいれうえき》。父を外記《げき》と云ふ。豊前の人である。曰中野|貞純《ていじゆん》。父養庵は井上筑後守|正滝《まさたき》の医官である。井上は下総国高岡の城主である。門人録に純を「順」に作つてあるが、蘭軒は純と書してゐる。曰河村|元監《げんかん》。父を意作《いさく》と云ふ。門人録に「藩」と註してあるから、阿部家の臣であらう。曰酒井|安清《あんせい》。小川吉右衛門の甥である。小川は常陸国府中の城主松平播磨守|頼説《よりのぶ》の臣である。曰小林玄端。出羽山形の人である。門人録に「後塩田楊庵、対州」と註してある。又端が「瑞」に作つてある。塩田氏の云ふを聞くに、父が玄端、子が玄瑞ださうである。然らば蘭軒の誤記であらう。曰多々良|敬徳《けいとく》。父を玄達と云ふ。四谷の住人である。門人録に「後文達、江戸」と註してある。字《あざな》を辨夫《べんふ》と云つたのが此人であらう。曰天野|道周《だうしう
前へ 次へ
全1133ページ中553ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング