じ》であつた。そして別号を麦雨《ばくう》と云つた。これは蘭軒の子で所謂《いはゆる》「又分家」の祖となつた柏軒の備忘録に見えてゐる。高敏の妻、※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の生母佐藤氏は武蔵国葛飾郡小松川村の医師の女《むすめ》であつた。これも亦同じ備忘録に見えてゐる。
 高敏の家業は、曾孫三|市《いち》さんの聞いてゐる所に従へば、古著屋であつたと云ふ。しかし伊沢宗家の伝ふる所を以てすれば小さい書肆であつたと云ふ。これは両説皆|是《ぜ》であるかも知れない。古衣《ふるぎ》を売つたこともあり、書籍、事によつたら古本を売つたこともあるかも知れない。わたくしは高敏の事跡を知らむがために、曾て浅草源空寺に往つて、高橋氏の諸墓を歴訪した。手許には当時の記録があるが、姑《しばら》く書かずに置く。三市さんが今猶探窮して已まぬからである。
 ※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の保古に養はれたのは、女婿として養はれたのである。三市さんは※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の妻は保古の三女であつたと聞いてゐる。柏軒の備忘録に此女の法号が蓮法院と記してある。
 此年二月二十二日に御
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