て妻孥を迎へたのである。其明証は楝軒《れんけん》詩集にある。
 浅川楝軒は初め霞亭が召されて東に之《ゆ》く時、上《かみ》に引いた七律を作つて其行を送つた。尋で秋に入つてから、詩を霞亭に寄せた。即ち「奉寄北条先生」の七律で、其第二句に「秋気満庭虫乱鳴」と云つてある。霞亭が妻孥を迎へに備後に帰つた日、細《こまか》に言へば帰り著いた日は秋に入つた後でなくてはならない。
 さて霞亭が再び備後を発するに当つて、楝軒は詩二篇を賦した。一は七古で、「奉送霞亭北条先生携家赴東都邸」と題し、一は七絶で、「五日木犀舎席上別霞亭先生」と題してある。
 霞亭の自ら備後に往つて妻孥を迎へたことは、此二篇の存在が既にこれを証してゐる。しかし啻《たゞ》にそれのみではない。七古の中に「来携妻孥乍復東」の句がある。又次の年壬午の「春日書事、次霞亭先生丸山雑題韻五首」の七律第二首が「憶昔両回馬首東」を以て起《おこ》つてゐる。霞亭|親迎《しんげい》の証拠は十分だと謂つて好からう。
 わたくしは進んで江戸引越の月日を明《あきらか》にしたい。由緒書に「八月九日引越」といふのは、何の日であらうか。楝軒の詩題に「五日木犀舎席上別霞
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