かし猶茶山の蘭軒に送つた詩集の事が遺つてゐる。「よほど前に大坂飛脚に出し候」と云ふ詩集が久しく蘭軒の許《もと》に届《いた》らなかつた。
 按ずるに是は「黄葉夕陽村舎詩後編」である。此書には「庚辰孟夏日」の武元君立《たけもとくんりつ》の書後、「辛巳十二月」の北条霞亭の序がある。辛巳は霞亭の江戸に入つた年である。わたくしは前に辛巳五月二十六日に茶山が霞亭に与へた書の断片を引いて、「先右序文いそぎ此事のみ申上候」とある序文は何の序文なるを詳《つまびらか》にせぬと云つたが、今にして思へば茶山が詩集後篇の序文を霞亭に求めたことは、復《また》疑ふことを須《もち》ゐない。既にして詩集後編は発行せられた。其奥附には「文政六年歳次癸未冬十一月刻成」と記してある。校閲は庚辰に終り、序文は辛巳に成り、剞※[#「厥+りっとう」、第4水準2−3−30]《きけつ》は癸未に終つた。その市に上つたのは恐くは甲申の春であらう。茶山は当時|直《たゞち》に一部を蘭軒に寄せたのに、其書が久しく届かずにゐたのである。
 詩集の事よりして外、わたくしは今一つ此に附記して置きたい。それは茶山の病の事である。行状に拠るに茶山は「※[
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