しや》の免れざる所である。死に瀕する日と雖も、これを免るることは出来ない。
 蘭軒の予後は重きに失した。鵬斎は余命を保つこと猶一年半|許《きよ》にして、丙戌の暮春に終つた。此時七十三歳で、歿した時は七十五歳であつた。
 第九は木村|定良《さだよし》、第十は石田梧堂、第十一は金輪寺混外《こんりんじこんげ》で、皆茶山が蘭軒をして語を致さしめた人々である。中に就いて木村は茶山が甲戌乙亥の遊に相見ることを得なかつたために、茶山は今に※[#「二点しんにょう+台」、第3水準1−92−53]《いた》るまで憾《うらみ》とすると云つてゐる。
 第十二第十三は蘭軒の三子柏軒と茶山の養嗣子|菅《くわん》三|惟繩《ゐじよう》とである。蘭軒は柏軒の詩を茶山に寄示《きし》した。茶山はこれを称《ほ》めて、菅三の詩の未だ工《たくみ》ならざることを言つた。書に「菅三も十五になり候」と云つてある。然らば惟繩は文化七年の生であらう。敬は霞亭に嫁する五六年前に、とらと其姉妹との異父兄惟繩を生んだのである。

     その百六十

 菅茶山の此年文政七年旺秋後の書牘中、わたくしの註せむと欲する所は概ね既に云つた如くである。し
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