蘭軒が此年文政六年に阿部|正精《まさきよ》に代つて弘安本孝経に跋した事を言つた。そして所謂弘安本の古文孝経孔伝であることに及んだ。
 孔伝《くでん》の我国に存してゐたものには数本がある。年代順に列記すれば、建保七年、弘安二年、正安四年(乾元元年)、元亨元年、元徳二年、文明五年、慶長五年の諸鈔本である。享保年間に此種の一本が清商の手にわたつて、鮑廷博《はうていはく》の有に帰し、彼土《かのど》に於て飜刻せられた。次で林述斎は弘安本を活字に附して、逸存《いつぞん》叢書の中に収めた。
 以上が阿部侯校刻前の孔伝の沿革である。然らば述斎の既に一たび刻したものを、棕軒侯は何故に再び刻したか。「林祭酒述斎先生。悲其正本遂堙滅。以弘安本活字刷印。収之於其所輯逸存叢書中。字画悉依旧。学者以※[#「厭/食」、第4水準2−92−73]飫也。余閲其本。自有叢書辺格。故不得不換旧裁。亦不無遺憾焉。」阿部本は林本の旧裁を換へたのに慊《あきたら》ぬがために出でたのである。
 孔伝は安国《あんごく》に出でたと否とを問はず、兎も角も隋代の古本である。蘭軒はこれを尊重して、喜んで阿部侯に代つて序文を草した。しかし蘭軒は孝
前へ 次へ
全1133ページ中493ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング