質精堅、筆蹟沈遒」である。侯はこれが刊行を企てて、蘭軒に跋文を草することを命じた。
然らば此所謂弘安本とはいかなる本か。わたくしはこれを説明するには、孝経のワリアンテスの問題に足を踏み入れなくてはならない。そのわたくしのために難問題たることは、前《さき》に経音義を説明するに臨んで言つた如くである。その過誤は好意ある人の教を待つて訂正する外無い。
孝経は著者不詳の書である。通途《つうづ》には孔子の門人の筆する所だとなつてゐる。此書の一本に「古文孝経孔氏伝」がある。孔氏《くし》とは孔安国《くあんごく》で、孔子十一世の孫である。此孔伝が果して孔安国の手に成つたか否かは、亦復《またまた》不詳である。孔伝は梁末に一たび亡びて、隋に至つて顕れたので、当時早く偽撰とせられたことがある。
しかし隋唐の世には、此の如き異議あるにも拘らず、孔伝が鄭注《ちやうちゆう》と並び行はれた。鄭は鄭玄《ちやうげん》である。それゆゑ大宝元年の学令に、「凡教授正業、周易鄭玄王弼注、尚書孔安国鄭玄注、三礼毛詩鄭玄注、左伝服虔注、孝経孔安国鄭玄注、論語鄭玄何晏注」と云つてある。
その百五十三
わたくしは
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