語があるさうである。当時懐之は年|甫《はじめ》て十二であつた。按ずるに※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎は識語を作るに当つて名《めい》を其子に藉りたのであらう。しかし※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎が蚤《はや》く懐之に其古泉癖を伝へたことも、亦疑を容れない。此年十四歳の柏軒が古泉を愛するに至つたのは、恐くは懐之等が導誘したためであらう。懐之は柏軒より長ずること六歳であつた。
 わたくしは此詩に由つて蘭軒自己に古泉癖が無かつたものと推する。「自笑吾家痴子輩。亦生一種守銭奴。」柏軒の愛泉は伊沢氏に於ては未曾有の事であつたらしい。
 此詩の自註に、蘭軒は蒙斎筆談を引いて、「乞児猶乞古銭」と云ふ事の典拠を示してゐる。これは尋常人が五雑組《ござつそ》に出でてゐると謂《おも》ふべきを慮《おもんぱか》つて、其非なることを言つたものである。一事に逢ふ毎に考証の詳備《しやうび》を期するのは、固より蘭軒の本領である。
 わたくしはこれを読んで、乞児《こつじ》も猶古銭を乞ふとはいかなる事を謂ふかと云ふ好奇心を発《おこ》した。

     その百五十二

 わたくしは蘭軒詩註の「乞児猶乞
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