3水準1−85−76]斎の書牘には榕亭の第宅《ていたく》庭園が細叙してある。その結構には詩人の所謂|堆※[#「土へん+朶」、第3水準1−15−42]《たいた》の病がある。「僕など三日も右之家に居候ものならば、大病に相成候事相違有之まじく被存候。」説き得て痛切を極めてゐる。わたくしなども此種の家に住んでゐる人二三を知つてゐる。それゆゑ※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の書を読んで、わたくしの胸は直ちにレゾナンスを起すのである。兎に角※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の筆に由つて、福井丹波守の懐かしくない一面が伝へられたのは、笑止である。
 第四は※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎が木曾の俳句「今朝抜た綿ではないか谷ざくら」を見せようとした松宇である。蘭軒集中に出てゐる真野松宇であらう。第五は※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎が八瀬小原の狂歌を見せようとした皆川である。蘭軒集中に出てゐる皆川|叔茂《しゆくも》であらう。此に藉《よ》つて松宇には俳趣味、叔茂には狂歌趣味のあつたことが推せられる。わたくしは此に今一つ言つて置きたい事がある。それは八瀬小原の
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