ふ歌をさへ作つた。程の筆迹は今猶存してゐて、往々見ることがあるさうである。
 胡振、字は兆新、号は星池である。医にして書を善くした。江戸の人|秦星池《はたせいち》は胡の書法を伝へて名を成したのだと云ふ。「星池秦其馨、書法遒逸、名声日興、旧嘗遊崎陽、私淑呉人胡兆新、遂能伝其訣、独喜使羊毫筆」と五山堂詩話に見えてゐる。山陽と陸如金《りくじよきん》と云ふものとの筆話に胡に言及し、「施薬市上」と云つてある。
 陸秋実の詩箋は、わたくしは一読過して鈔写するに及ばなかつた。
 江稼圃《こうかほ》、芸閣の兄弟は清商中善詩善画を以て聞えてゐたと云ふ。松田道夫さんの話に、蘭軒が筆話の序に、国自慢の詩を書して示すと、程であつたか江であつたか、「江戸つ子ちゆうつ腹」と連呼したと云ふことである。恐くは彼「西土休誇文物美、逸書多在我東方」の一絶であらう。以上の数人の長崎に来去した年月は、必ずや記載を経てゐるであらう。願はくはそれを見て伝聞の確なりや否やを知りたいものである。
 頼春風は蘭軒を立山の寓舎に訪うた。「安藝頼千齢西遊来長崎、訪余客居、喜賦。遊跡遙経千万峰。尋余客舎暫停※[#「竹かんむり/(エ+おおざと
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