)」、第3水準1−89−61]。対君今日称奇遇。兄弟三人三処逢。」長春水|惟完《ゐくわん》を広島に見、仲春風惟疆を長崎に見、季杏坪|惟柔《ゐじう》を江戸に見たのである。
 蘭軒は此年何月に至るまで長崎に淹留《えんりう》したか、今これを知ることが出来ない。その長崎を去つた日も、江戸に還つた日も、並に皆不明である。しかしわたくしは此年八月十九日に蘭軒がまだ江戸にゐなかつたことを知つてゐる。それは後に云ふ所の留守中の出来事が、分明に八月十九日の事たるを徴すべきであるからである。
 既に蘭軒が八月十九日に未だ家に還らなかつたことを知れば、其父|信階《のぶしな》が留守中に死んだことも亦疑を容れない。
 蘭軒の父隆升軒信階は此年五月二十八日を以て本郷の家に歿した。其妻に後るゝこと半年であつた。寿を得ること六十四、法諡《はふし》して隆升軒興安信階居士と云つた。蘭軒は足掛二年の旅の間に、怙恃《こじ》併せ喪つたのである。
 信階の肖像は阿部家の画師|村片相覧《むらかたあうみ》の作る所で、今富士川游さんの手に帰してゐる。わたくしは良子刀自の蔵する所の摸本を見た。広い※[#「桑+頁」、第3水準1−94−2]
前へ 次へ
全1133ページ中176ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング