と御申しこしなされ、おどろき申候。御とまりは七日市と申所、わたくし家神のべと申より東三里ばかり也。さつそく参候而《まゐりそろて》、一夕御はなしども承候、第一ことのほか御すくやかなる御様子、大ごゑたかわらひもへいぜいのとほり、すこしもたびの御つかれなく、めづらしき山川ここかしこ御なぐさみおほく候よし。御奉行様御おぼえもめでたく、あまりにしたしくなし下され、同行《どうぎやう》のてまへすこしきのどくなるくらゐに御坐候よし。さて六月十七日あさ、わたくし方へ御いでなされ候。御たびかけのこと、しな/″\御みやげ等下され、いたみ入かたじけなく奉存候。妻《さい》姪《てつ》どももまかり出、御めにかかり候。九つ時分御立なされ、御いとまごひ申候へども、とかく御名ごりをしく、尾道と申まで、西南六里、御あとより追かけ候|而《て》、また一夜御はなし申候。御しよくじなどもよくなされ候。これは少々御ひかへなされと申候ほどのことに候。」
「右御様子申上度、且又御状一通御届申候ため、一筆啓上仕候。暑甚御坐候。御保護専一奉祈候。恐惶謹言。六月十九日、菅太中。伊沢長安様。」
「十七日一夜をのみちにて御はなし承、早朝御立にて御坐候。わたくしは其日すこし休息いたし帰宅仕候。十八日夜也。」
「尚々|御次《おんついで》御内上《おんうちうへ》様、辞安様|御内政《ごないせい》様へ宜奉願上候。」
「尚々千蔵こと辞安様大に御せわ被下、可也にとりつづきゐ申候よし、忝奉存候。さだめて時々参上、御せわになり可申候。宜奉願上候。」
 此書牘は茶山が蘭軒の旅況を蘭軒の父信階に報じたもので、此主なる三人を除く外、尚六個の人物が文中に見えてゐる。話題に上つてゐるものは通計九人である。わたくしは下《しも》に少しくこれを註して置かうとおもふ。

     その百八十九

 わたくしは蘭軒の大声高笑の事を言つて、菅茶山の書牘を引いた。蘭軒は文化丙寅に長崎に往く途次、神辺《かんなべ》を過《よぎ》つた。茶山がこれを江戸にある蘭軒の父|信階《のぶしな》に報じた書は即是である。書を裁した茶山は五十九歳、書を得た信階は六十三歳、文中に見えてゐる蘭軒は平頭《へいとう》三十であつた。わたくしは是に由つて「伊沢長安様」と呼ばれた信階が、倅蘭軒ほど茶山に親しくはないまでも、折々は書信の往復をもしたと云ふことを知る。茶山の仮名文字を用ゐること常よりも稍《やゝ》
前へ 次へ
全567ページ中300ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング