、「いやそれがしがなんでお手前に負けよう」などと言っていた。
 そこで先代の殿様の病中に、弥一右衛門が殉死を願って許されぬと聞いたときから、又七郎は弥一右衛門の胸中を察して気の毒がった。それから弥一右衛門の追腹、家督相続人権兵衛の向陽院での振舞い、それがもとになっての死刑、弥五兵衛以下一族の立籠《たてこも》りという順序に、阿部家がだんだん否運に傾いて来たので、又七郎は親身のものにも劣らぬ心痛をした。
 ある日又七郎が女房に言いつけて、夜ふけてから阿部の屋敷へ見舞いにやった。阿部一族は上《かみ》に叛《そむ》いて籠城めいたことをしているから、男同志は交通することが出来ない。しかるに最初からの行きがかりを知っていてみれば、一族のものを悪人として憎むことは出来ない。ましてや年来懇意にした間柄である。婦女の身としてひそかに見舞うのは、よしや後日に発覚したとて申しわけの立たぬことでもあるまいという考えで、見舞いにはやったのである。女房は夫の詞《ことば》を聞いて、喜んで心尽くしの品を取り揃えて、夜ふけて隣へおとずれた。これもなかなか気丈な女で、もし後日に発覚したら、罪を自身に引き受けて、夫に迷惑はか
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