る。まだ二十四歳の血気の殿様で、情を抑え欲を制することが足りない。恩をもって怨《うら》みに報いる寛大の心持ちに乏しい。即座に権兵衛をおし籠《こ》めさせた。それを聞いた弥五兵衛以下一族のものは門を閉じて上の御沙汰《ごさた》を待つことにして、夜陰に一同寄り合っては、ひそかに一族の前途のために評議を凝《こ》らした。
阿部一族は評議の末、このたび先代一週忌の法会《ほうえ》のために下向して、まだ逗留《とうりゅう》している天祐和尚にすがることにした。市太夫は和尚の旅館に往って一部始終を話して、権兵衛に対する上の処置を軽減してもらうように頼んだ。和尚はつくづく聞いて言った。承れば御一家のお成行《なりゆ》き気の毒千万である。しかし上の御政道に対してかれこれ言うことは出来ない。ただ権兵衛殿に死を賜わるとなったら、きっと御助命を願って進ぜよう。ことに権兵衛殿はすでに髻《もとどり》を払われてみれば、桑門《そうもん》同様の身の上である。御助命だけはいかようにも申してみようと言った。市太夫は頼もしく思って帰った。一族のものは市太夫の復命を聞いて、一条の活路を得たような気がした。そのうち日が立って、天祐和尚の帰
前へ
次へ
全65ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング