にするな。そこでその死なぬはずのおれが死んだら、お許しのなかったおれの子じゃというて、おぬしたちを侮《あなど》るものもあろう。おれの子に生まれたのは運じゃ。しょうことがない。恥を受けるときは一しょに受けい。兄弟|喧嘩《げんか》をするなよ。さあ、瓢箪で腹を切るのをよう見ておけ」
こう言っておいて、弥一右衛門は子供らの面前で切腹して、自分で首筋を左から右へ刺し貫いて死んだ。父の心を測りかねていた五人の子供らは、このとき悲しくはあったが、それと同時にこれまでの不安心な境界《きょうがい》を一歩離れて、重荷の一つをおろしたように感じた。
「兄《あに》き」と二男弥五兵衛が嫡子に言った。「兄弟喧嘩をするなと、お父《と》っさんは言いおいた。それには誰も異存はあるまい。おれは島原で持場が悪うて、知行ももらわずにいるから、これからはおぬしが厄介《やっかい》になるじゃろう。じゃが何事があっても、おぬしが手にたしかな槍《やり》一本はあるというものじゃ。そう思うていてくれい」
「知れたことじゃ。どうなることか知れぬが、おれがもらう知行はおぬしがもらうも同じじゃ」こう言ったぎり権兵衛は腕組みをして顔をしかめた。
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