る。膚は日に焼けてゐて髪は黒い。体格や身の丈は僕と同じである。どうぞカルプルニアさんに宜しく言つてくれ給へ。そして子供達に接吻して遣つてくれ給へ。あの水瓶《すゐびん》はもう疾《と》つくに君の本宅の方へ届けて置いた。そんならこれで擱筆する。」
二
医師は暫く黙つてゐて、そして問うた。
「一体あなたの、その体の工合はどんな場合に似てゐるのですか。」
「わたしは牢屋に入れられた人の体の工合は知りません。併しどうもわたしの体の工合はさう云ふ人に一番似てゐるらしいのです。こなひだ中からは自由行動が妨げられてゐるやうで、猶自由意志までも制せられてゐるやうです。歩きたいのに歩かれない。息がしたいのに窒息しさうになる。詰まり一種の隠微な不安、不定な苦悶があるのです。」
フロルスは疲れたらしい様子で口を噤《つぐ》んだ。暫くして顔の色を蒼くして語を継いだ。
「事によるとわたしの写象《しやざう》には、此病の起る前に見た夢が影響してゐるかも知れません。」
「はあ。夢を見ましたか。」
「えゝ、手に取るやうな、はつきりした夢を見たのです。そして不思議にもその夢がいまだに続いてゐるやうなのです。若
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