に死んでゐた。医師は驚きながら差配人に死骸の頸の痕を指さして見せた。くるりと帯のやうに、黒ずんで腫れ上がつて、皮の下には血が出てゐる。なんとも説明のしやうの無い痕である。
 フロルスの死目に逢つた只一人のルカスは、恐怖のお蔭で物が言はれるやうになつて、吃りながらかう云つた。
「死だ、死だ。又縛られなすつたのだ。そして歩いて歩いて、とう/\がつかりなすつて、床の上にお倒なさる。わたしにはなんにも仰やらない。わたしは飛び附いた。すると咽をぜい/\云はせながら、目を開《あ》いて御覧なすつた。ああ。神々様。朝日が窓から赤く差した。フロルス様は黒くおなりなすつて、それ切動かなくおなりなすつた。」
 死骸の始末などのために、人々はルカスの事を忘れてゐた。
 翌朝やつと明るくなる頃、襤褸《ぼろ》を着た跣足《はだし》の老人が来て、フロルスに逢ひたいと云つた。主人の怪しい死様《しにざま》に就いて、何か分かるかと思つて、差配人が出て老人に逢つた。
 老人は骨※[#「魚+更」、第3水準1−94−42]《こつかう》で、しかも淳樸なものらしい。周囲《まはり》に狗がたかつて吠えてゐる。
「内の檀那の亡くなつたのを
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