だ。
 忽ち空気を切り裂くやうな、叫声が響いた。人の声らしく無い。此世のものでないものが、反響のするやうに「死」と叫んだかと思はれた。
 家来共は躊躇しつゝ戸を敲いた。無言の童が内から戸を開けて入れた。童の顔は、いつもの子とは見えぬ程、恐怖のために変つてゐる。そして童は、つひに物を言つたことの無い口で、あらあらしく「死だ、死だ」と繰り返して云ふ。※[#「やまいだれ+音」、第3水準1−88−52]《をし》の物を言ふのを不思議がる暇も無く、家来共は寝台に駆け寄つた。
 フロルスは寝台の上に、項《うなじ》を反らせて、真つ黒になつた顔をして動かずにゐる。ルカスは今離れたばかりと見える寝台に、又駆け寄つて、無言で俯伏《うつぶし》になつた。
 恐怖の使は医師と差配人との許に走らせられた。
 ※[#「やまいだれ+音」、第3水準1−88−52]の童は絶間なく「死だ、死だ」と云ふ詞を反復してゐる。只此詞丈を言ふために物を言ひ出したかと思はれる位である。
 フロルスは項を反らせて、真つ黒になつた顔をして動かずにゐる。手が一本だらりと寝台の縁から垂れてゐる。
 医師が来てフロルスの体を検査した。フロルスは慥
前へ 次へ
全15ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング