が片隅で泣いてゐる。
一日一日と過ぎて行く。譬へば飾の糸に貫《ぬ》いた花の一輪が、次の一輪と接して続いてゐるやうなものである。
或暮方の事である。フロルスは暢気に遊び戯れてゐた最中、突然沈鬱な気色になつた。俄に敵に襲はれたやうな態度である。急に咳枯《しやが》れた声でかう云つた。
「どうしたのだらう。どうしてこんなに暗くなつたのだ。牢屋ぢやないか。」
フロルスは低い寝台《ねだい》の上に身を横へた。壁の方に向いて、黙つて溜息を衝《つ》いた。
そこへゴルゴオがそつと這入つて来て抱き附いたが、フロルスは顧みずに、押し退けるやうにして云つた。
「お前誰だ。知らない女だ。今は行けない。気を附けろ。錠前の音がすると、番人が目を醒ますぜ。」
ゴルゴオは黙つて退《の》いた。
無言のルカスが狗のやうに這ひ寄つて、寝台の縁から垂れてゐる主人の手に接吻した。
五
主人の寝部屋の外で転寐《うたゝね》をしてゐる家来共のためには、鬱陶しい夜であつた。無言のルカス丈が黙つておとなしく主人の傍にゐた。夜どほし部屋の中を往つたり返つたりしてゐる主人の足音が聞えた。暁近くなつて、家来共がまどろん
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