te《クリアント》 としてこれに対している花房も、ひどく媚《こび》のある目だと思った。
「寝台に寝させましょうか」
 と、附いて来た佐藤が、知れ切った事を世話焼顔に云った。
「そう」
 若先生に見て戴《いただ》くのだからと断って、佐藤が女に再び寝台に寝ることを命じた。女は壁の方に向いて、前掛と帯と何本かの紐《ひも》とを、随分気長に解いている。
「先生が御覧になるかも知れないと思って、さっきそのままで待っているように云っといたのですが」
 と、佐藤は言分けらしくつぶやいた。掛布団もない寝台の上でそのまま待てとは女の心を知らない命令であったかも知れない。
 女は寝た。
「膝《ひざ》を立てて、楽に息をしてお出《いで》」
 と云って、花房は暫く擦《す》り合せていた両手の平を、女の腹に当てた。そしてちょいと押えて見たかと思うと「聴診器を」と云った。
 花房は佐藤の卓の上から取って渡す聴診器を受け取って、臍《へそ》の近処に当てて左の手で女の脈を取りながら、聴診していたが「もう宜《よろ》しい」と云って寝台を離れた。
 女は直ぐに着物の前を掻き合せて、起き上がろうとした。
「ちょっとそうして待っていて
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