の撞突《とうとつ》が、波動を病人の体に及ぼして、微細な刺戟が猛烈な全身の痙攣《けいれん》を誘《いざな》い起したのである。
家族が皆じっとして据わっていて、起って客を迎えなかったのは、百姓の礼儀を知らない為めばかりではなかった。
診断は左の足を床の上に運ぶ時に附いてしまった。破傷風である。
花房はそっと傍《そば》に歩み寄った。そして手を触れずに、やや久しく望診していた。一枚の浴衣を、胸をあらわして著ているので、殆《ほとん》ど裸体も同じ事である。全身の筋肉が緊縮して、体は板のようになっていて、それが周囲のあらゆる微細な動揺に反応《はんおう》して、痙攣を起す。これは学術上の現症記事ではないから、一々の徴候は書かない。しかし卒業して間もない花房が、まだ頭にそっくり持っていた、内科各論の中の破傷風の徴候が、何一つ遺《わす》れられずに、印刷したように目前に現れていたのである。鼻の頭に真珠を並べたように滲《し》み出している汗までが、約束通りに、遺れられずにいた。
一枚板とは実に簡にして尽した報告である。知識の私《わたくし》に累せられない、純樸《じゅんぼく》な百姓の自然の口からでなくては、こん
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