で、周囲の人物も皆褐色である。
「お医者様が来ておくんなされた」
と誰やらが云ったばかりで、起《た》って出迎えようともしない。男も女も熱心に病人を目守《まも》っているらしい。
花房の背後《うしろ》に附いて来た定吉は、左の手で汗を拭きながら、提《さ》げて来た薬籠《やくろう》の風呂敷包を敷居の際《きわ》に置いて、台所の先きの井戸へ駈けて行った。直ぐにきいきいと轆轤《ろくろ》の軋《きし》る音、ざっざっと水を翻《こぼ》す音がする。
花房は暫《しばら》く敷居の前に立って、内の様子を見ていた。病人は十二三の男の子である。熱帯地方の子供かと思うように、ひどく日に焼けた膚の色が、白地の浴衣で引っ立って見える。筋肉の緊《し》まった、細く固く出来た体だということが一目で知れる。
暫く見ていた花房は、駒下駄《こまげた》を脱ぎ棄てて、一足敷居の上に上がった。その刹那《せつな》の事である。病人は釣り上げた鯉《こい》のように、煎餅布団の上で跳ね上がった。
花房は右の片足を敷居に踏み掛けたままで、はっと思って、左を床の上へ運ぶことを躊躇《ちゅうちょ》した。
横に三畳の畳を隔てて、花房が敷居に踏み掛けた足
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