えと勧めた。令嬢は番町の一条という画家の内におられる。いつでも見せて遣るということである。お母様は例に依ってお勧なさる。
 僕はふと往って見る気になった。それが可笑しい。そのお嬢さんを見ようと思うのではなくて、見合というものをして見ようと思うのであった。少し無責任な事をしたようではあるが、僕はどんなお嬢さんでも貰わないと極めていた訣《わけ》ではない。貰う気になったら貰おうとだけは思っていたのである。
 三月頃でもあったか、まだ寒かった。僕は安中に連れられて、番町の一条の内へ行った。黒い冠木門《かぶきもん》のある陰気なような家であった。主人の居間らしい八畳の間に通された。安中と火鉢を囲んで雑談をしていると、主人が出て逢われた。五十ばかりの男で、磊落《らいらく》な態度である。画の話なぞをする。暫くして奥さんが令嬢を連れて出られた。
 主人夫婦は色々な話をして座を持っておられる。ゆっくり話して行け、酒を飲むなら酒を出そうかと云う。僕は酒は飲まないと云う。主人がそんなら何を御馳走しようかと云って、首を傾ける。その頃僕は齲歯《むしば》に悩まされていて、内ではよく蕎麦掻《そばがき》を食っていた。そ
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