でいるのは不思議である。僕の例の美しい夢の中で、若しやこの娘は、僕が小菅へ往復する人力車を留めて、話をし掛けるのを待っているのではあるまいかとさえ思ったこともある。しかしまさか現《うつつ》の意識でそれを信ずる程の詩人にもなれなかった。余程年が立ってから、僕は偶然この娘の正体を聞いた。この娘はじきあの近所の寺の住職が為送《しおくり》をしていたのであった。
つまらない話の序《ついで》に、も一つ同じようなのを話そう。お父様の住まってお出《いで》になる、小菅の官舎の隣に十三ばかりの娘がある。それが琴の稽古をしている。師匠は下谷の杉勢というのであるが、遠方の事だから、いつも代稽古の娘が来る。お母様が聞いていらっしゃるに、隣の娘が弾《ひ》いても、代稽古に来る娘が弾いても、余り好い音《ね》がしたことはない。それが或日まるで変った音がした。言って見れば、今までのが寝惚《ねぼ》けた音なら、今度のは目の醒《さ》めた音である。お母様が隣の奥さんにその事を話すと、あれは琴を商売にしている人ではない。杉勢の弟子で、五軒町に住んでいる娘である。代稽古に来る娘が病気なので、好意で来てくれたということであった。その
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