って帰途に就いた。
 安達は程なく退学させられた。一年ばかり立ってから、浅草区に子守女や後家なぞに騒がれる美男の巡査がいるという評判を聞いた。又数年の後、古賀が浅草の奥山で、唐桟《とうざん》づくめの頬のこけた凄《すご》い顔の男に逢った。奥山に小屋掛けをして興行している女の軽技師《かるわざし》があって、その情夫が安達の末路であったそうだ。

      *

 十六になった。
 僕はその頃大学の予備門になっていた英語学校を卒業して、大学の文学部に這入った。
 夏休から後は、僕は下宿生活をすることになった。古賀や児島と毎晩のように寄席《よせ》に行く。一頃悪い癖が附いて寄席に行かないと寝附かれないようになったこともある。講釈に厭《あ》きて落語を聞く。落語に厭きて女義太夫をも聞く。寄席の帰りに腹が減って蕎麦《そば》屋に這入ると、妓夫が夜鷹《よたか》を大勢連れて来ていて、僕等はその百鬼夜行の姿をランプの下に見て、覚えず戦慄《せんりつ》したこともある。しかし「仲までお安く」という車なぞにはとうとう乗らずにしまった。
 多分生息子で英語学校を出たものは、児島と僕と位なものだろう。文学部に這入ってから
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