を脱して自然の懐《ふところ》に走ったのである。古賀がこの話を児島にしたら、児島は一しょに涙を翻したかも知れない。いかにも親孝行はこの上もない善い事である。親孝行のお蔭で、性欲を少しでも抑えて行かれるのは結構である。しかしそれを為《な》し得ない人間がいるのに不思議はない。児島は性欲を吸込の糞坑《ふんこう》にしている。古賀は性欲を折々掃除をさせる雪隠の瓶《かめ》にしている。この二人と同盟になっている僕が、同じように性欲の満足を求めずにいるのは、果して僕の手柄であろうか。それは頗《すこぶ》る疑わしい。僕が若し児島のような美男に生れていたら、僕は児島ではないかも知れない。僕は神聖なる同盟の祭壇の前で、こんな heretical な思議を費していたのである。
僕は古賀の跡に附いて、始て藍染橋《あいぞめばし》を渡った。古賀は西側の小さい家に這入って、店の者と話をする。僕は閾際《しきいぎわ》に立っている。この家は引手茶屋である。古賀は安達が何日《いくか》と何日《いくか》とに来たかというような事を確めている。店のものは不精々々に返辞をしている。古賀は暫《しばら》くしてしおしおとして出て来た。僕等は黙
前へ
次へ
全130ページ中79ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング