た》がない」と云ったというのである。
 古賀はこの話をしながら、憤慨して涙を翻《こぼ》した。僕は歩きながらこの話を聞いて、「なる程非道い」と云った。そうは云ったが、頭の中では憤慨はしない。恋愛というものの美しい夢は、断えず意識の奥の方に潜んでいる。初て梅暦を又借をして読んだ頃から後、漢学者の友達が出来て、剪燈余話《せんとうよわ》を読む。燕山外史《えんざんがいし》を読む。情史を読む。こういう本に書いてある、青年男女の naively な恋愛がひどく羨ましい、妬《ねた》ましい。そして自分が美男に生れて来なかった為めに、この美しいものが手の届かない理想になっているということを感じて、頭の奥には苦痛の絶える隙《ひま》がない。それだから安達はさぞ愉快だろう、縦令《たとい》苦痛があっても、その苦痛は甘い苦痛で、自分の頭の奥に潜んでいるような苦い苦痛ではあるまいという思遣《おもいやり》をなすことを禁じ得ない。それと同時に僕はこんな事を思う。古賀の単純極まる性質は愛す可きである。しかし彼が安達の為めに煩悶《はんもん》する源を考えて見れば、少しも同情に値しない。安達は寧《むし》ろ不自然の回抱《かいほう》
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