た》った。鰐口も一しょに出てしまった。
 僕は最中にも食い厭《あ》きて、本を見ていると、梯子《はしご》を忍足《しのびあし》で上って来るものがある。猟銃の音を聞き慣れた鳥は、猟人《かりゅうど》を近くは寄せない。僕はランプを吹き消して、窓を明けて屋根の上に出て、窓をそっと締めた。露か霜か知らぬが、瓦は薄じめりにしめっている。戸袋の蔭にしゃがんで、懐にしている短刀の※[#「※」は「きへんに雨に革に月」、40−10]《つか》をしっかり握った。
 寄宿舎の窓は皆雨戸が締まっていて、小使部屋だけ障子に明《あかり》がさしている。足音は僕の部屋に這入った。あちこち歩く様子である。
「今までランプが付いておったが、どこへ往ったきゃんの」
 逸見の声である。僕は息を屏《つ》めていた。暫《しばら》くして足音は部屋を出て、梯子を降りて行った。
 短刀は幸に用足たずに済んだ。

      *

 十四になった。
 日課は相変らず苦にもならない。暇さえあれば貸本を読む。次第に早く読めるようになるので、馬琴や京伝のものは殆ど読み尽した。それからよみ本というものの中で、外の作者のものを読んで見たが、どうも面白くない
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