。
「そりゃあお情所《なさけどころ》から出たものじゃと思うて見ることもあるたい」
「あはははは。女なら話を極めるのに、手を握るのだが、少年はどうするのだい」
「やっぱり手じゃが、こぎゃんして」
と宮裏の手を掴《つか》まえて、手の平を指で押して、承諾するときはその指を握るので、嫌なときは握らないのだと説明する。
誰やら逸見に何か歌えと勧めた。逸見は歌い出した。
「雲のあわやから鬼が穴《けつ》う突《つ》ん出して縄で縛るよな屁《へ》をたれた」
甚句《じんく》を歌うものがある。詩を吟ずるものがある。覗機関《のぞきからくり》の口上を真似る。声色《こわいろ》を遣う。そのうちに、鍋も瓶も次第に虚《から》になりそうになった。軟派の一人が、何か近い処で好い物を発見したというような事を言う。そんなら今から往《い》こうというものがある。此間《こないだ》門限の五分前に出ようとして留められたが、まだ十五分あるから大丈夫出られる。出てさえしまえば、明日《あした》証人の証書を持って帰れば好い。証書は、印の押してある紙を貰って持っているから、出来るというような話になる。
盲汁仲間はがやがやわめきながら席を起《
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