訳語があるからは、犬的と云っても好いかも知れない。犬が穢《きたな》いものへ鼻を突込みたがる如く、犬的な人は何物をも穢くしなくては気が済まない。そこで神聖なるものは認められないのである。人は神聖なるものを多く有しているだけ、弱点が多い。苦痛が多い。犬的な人に逢っては叶《かな》わない。
鰐口は人に苦痛を覚えさせるのが常になっている。そこで人の苦痛を何とも思わない。刻薄な処はここから生じて来る。強者が弱者を見れば可笑しい。可笑しいと面白い。犬的な人は人の苦痛を面白がるようになる。
僕だって人が大勢集って煮食《にぐい》をするのを、ひとりぼんやりして見ているのは苦痛である。それを鰐口は知っていて、面白半分に仲間に入れないのである。
僕は皆が食う間外へ出ていようかと思った。しかし出れば逃げるようだ。自分の部屋であるのに、人に勝手な事をせられて逃げるのは残念だと思った。さればといって、口に唾の湧《わ》くのを呑み込んでいたら彼等に笑われるだろう。僕は外へ出て最中《もなか》を十銭買って来た。その頃は十銭最中を買うと、大袋に一ぱいあった。それを机の下に抛《ほう》り込んで置いて、ランプを附けて本を見て
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