配なので、あるとき向島の内から、短刀を一本そっと持って来て、懐《ふところ》に隠していた。
 二月頃に久しく天気が続いた。毎日学課が済むと、埴生と運動場へ出て遊ぶ。外の生徒は二人が盛砂の中で角力《すもう》を取るのを見て、まるで狗児《ちんころ》のようだと云って冷かしていた。やあ、黒と白が喧嘩《けんか》をしている、白、負けるななどと声を掛けて通るものもあった。埴生と僕とはこんな風にして遊んでも、別に話はしない。僕は貸本をむやみに読んで、子供らしい空想の世界に住している。埴生は教場の外ではじっとしていない性《たち》なので、本なぞは読まない。一しょに遊ぶと云えば、角力を取る位のものであった。
 或る寒さの強い日の事である。僕は埴生と運動場へ行って、今日は寒いから駆競《かけくら》にしようというので、駈競をして遊んで帰って見ると、鰐口の処へ、同級の生徒が二三人寄って相談をしている。間食の相談である。大抵間食は弾豆か焼芋で、生徒は醵金《きょきん》をして、小使に二銭の使賃を遣って、買って来させるのである。今日はいつもと違って、大いに奢《おご》るというので、盲汁《めくらじる》ということをするのだそうだ。て
前へ 次へ
全130ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング