銭を集める男が、近処へ来ていたのであった。
楊弓店のある、狭い巷《こうじ》に出た。どの店にもお白いを附けた女のいるのを、僕は珍らしく思って見た。お父様はここへは連れて来なかったのである。僕はこの女達の顔に就いて、不思議な観察をした。彼等の顔は当前《あたりまえ》の人間の顔ではないのである。今まで見た、普通の女とは違って、皆一種の stereotype な顔をしている。僕の今の詞《ことば》を以て言えば、この女達の顔は凝結した表情を示しているのである。僕はその顔を見てこう思った。何故《なぜ》皆|揃《そろ》ってあんな顔をしているのであろう。子供に好い子をお為《し》というと、変な顔をする。この女達は、皆その子供のように、変な顔をしている。眉はなるたけ高く、甚だしきは髪の生際《はえぎわ》まで吊《つ》るし上げてある。目をなるたけ大きく※[#「※」は「浄のさんずいの代わりに目」、25−17]《みは》っている。物を言っても笑っても、鼻から上を動かさないようにしている。どうして言い合せたように、こんな顔をしているだろうと思った。僕には分からなかったが、これは売物の顔であった。これは prostituti
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