事はその辺に関しているらしい。その辺になんだか秘密が伏在しているらしいと、こんな風に考えた。
 秘密が知りたいと思っても、じいさんの言うように、夜目を醒《さ》ましていて、お父様やお母様を監視せようなどとは思わない。じいさんがそんな事を言ったのは、子供の心にも、profanation である、褻※[#「※」は「さんずいに士に買」、15−9]《せつとく》であるというように感ずる。お社の御簾《みす》の中へ土足で踏み込めといわれたと同じように感ずる。そしてそんな事を言ったじいさんが非道く憎いのである。
 こんな考はその後木戸を通る度に起った。しかし子供の意識は断えず応接に遑《いとま》あらざる程の新事実に襲われているのであるから、長く続けてそんな事を考えていることは出来ない。内に帰っている時なんぞは、大抵そんな事は忘れているのであった。

      *

 十《とお》になった。
 お父様が少しずつ英語を教えて下さることになった。
 内を東京へ引き越すようになるかも知れないという話がおりおりある。そんな話のある時、聞耳を立てると、お母様が余所《よそ》の人に言うなと仰《おっし》ゃる。お父様は、若し
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