んも娘も一しょに大声で笑った。足ではなかったと見える。僕は非道《ひど》く侮辱せられたような心持がした。
「おば様。又来ます」
僕はおばさんの待てというのを聴かずに、走って戸口を出た。
僕は二人の見ていた絵の何物なるかを判断する智識を有せなかった。しかし二人の言語挙動を非道く異様に、しかも不愉快に感じた。そして何故か知らないが、この出来事をお母様に問うことを憚《はばか》った。
*
七つになった。
お父様が東京からお帰になった。僕は藩の学問所の址《あと》に出来た学校に通うことになった。
内から学校へ往くには、門の前のお濠の西のはずれにある木戸を通るのである。木戸の番所の址がまだ元のままになっていて、五十ばかりのじいさんが住んでいる。女房も子供もある。子供は僕と同年位の男の子で、襤褸《ぼろ》を着て、いつも二本棒を垂らしている。その子が僕の通る度に、指を銜《くわ》えて僕を見る。僕は厭悪《えんお》と多少の畏怖《いふ》とを以てこの子を見て通るのであった。
或日木戸を通るとき、いつも外に立っている子が見えなかった。おれはあの子はどうしたかと思いながら、通り過ぎようとした。
前へ
次へ
全130ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング