来ましたよ。熱いお湯でお拭なさい」
 お上は女中に手拭を絞って来させて、望月君に顔を拭かせる。苦味《にがみ》ばしった立派な顔が、綺麗になる。僕なんぞの顔は拭いても拭き栄《ばえ》がしないから、お上も構わない。
「金井さん。ちょいと」
 お上が立つ。僕は附いて廊下へ出る。女中がそこに待っていて、僕を別間に連れて行く。見たこともない芸者がいる。座敷で呼ばせるのとは種《たね》が違うと見える。少し書きにくい。僕は、衣帯を解かずとは、貞女が看病をする時の事に限らないということを、この時教えられたのである。
 今度は事実を曲げずに書かれる。その後も待合には行ったが、待合の待合たることを経験したのは、これを始の終であった。
 数日の間、例の不安が意識の奥の方にあった。しかし幸に何事もなかった。
 暖くなってから、或日古賀と吹抜亭《ふきぬきてい》へ円朝の話を聞きに行った。すぐ傍《そば》に五十ばかりの太った爺さんが芸者を連れて来ていた。それが貞女の芸者であった。彼と僕とはお互に空気を見るが如くに見ていた。

      *

 同じ年の六月七日に洋行の辞令を貰った。行く先は独逸である。
 独逸人の処へ稽古
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