中年増は僕をこの間《ま》に案内して置いて、どこか行ってしまった。僕は例の黒羽二重の羊羹色《ようかんいろ》になったのを着て、鉄の長烟管を持ったままで、箱火鉢の前の座布団の上に胡坐《あぐら》をかいた。
 神田で嫌《いや》な酒を五六杯飲ませられたので、咽《のど》が乾く。土瓶に手を当てて見ると、好い加減に冷えている。傍に湯呑のあったのに注いで見れば、濃い番茶である。僕は一息にぐっと飲んだ。
 その時僕の後《うしろ》にしていた襖がすうと開いて、女が出て、行燈の傍に立った。芝居で見たおいらんのように、大きな髷《まげ》を結って、大きな櫛笄《くしこうがい》を挿して、赤い処の沢山ある胴抜《どうぬき》の裾を曳《ひ》いている。目鼻立の好い白い顔が小さく見える。例の中年増が附いて来て座布団を直すと、そこへすわった。そして黙って笑顔をして僕を見ている。僕は黙って真面目な顔をして女を見ている。
 中年増は僕の茶を飲んだ茶碗に目を附けた。
「あなたこの土瓶のをあがったのですか」
「うむ。飲んだ」
「まあ」
 中年増は変な顔をして女を見ると、女が今度はあざやかに笑った。白い細かい歯が、行灯の明りできらめいた。中
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