込んで、なるべくお旗本の中で相應な家へよめに往きたいと云つてゐた。それを山中が聞いて、伊織に世話をしようと云ふと、有竹では喜んで親元になつて嫁入をさせることにした。そこで房州うまれの内木氏のるんは有竹氏を冒して、外櫻田の戸田邸から番町の美濃部方へよめに來たのである。
るんは美人と云ふ性の女ではない。もし床の間の置物のやうな物を美人としたら、るんは調法に出來た器具のやうな物であらう。體格が好く、押出しが立派で、それで目から鼻へ拔けるやうに賢く、いつでもぼんやりして手を明けて居ると云ふことがない。顏も顴骨《くわんこつ》が稍出張つてゐるのが疵であるが、眉や目の間に才氣が溢れて見える。伊織は武藝が出來、學問の嗜もあつて、色の白い美男である。只此人には肝癪持と云ふ病があるだけである。さて二人が夫婦になつたところが、るんはひどく夫を好いて、手に据ゑるやうに大切にし、七十八歳になる夫の祖母にも、血を分けたものも及ばぬ程やさしくするので、伊織は好い女房を持つたと思つて滿足した。それで不斷の肝癪は全く迹を斂《をさ》めて、何事をも勘辨するやうになつてゐた。
翌年は明和五年で伊織の弟宮重はまだ七五郎と言
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