て奉公していて、とうとう明和三年まで十四年間勤めた。その留守に妹は戸田の家来有竹の息子の妻になって、外桜田の邸へ来たのである。
尾州家から下がったるんは二十九歳で、二十四歳になる妹の所へ手助《てだすけ》に入り込んで、なるべくお旗本の中《うち》で相応な家へよめに往きたいと云っていた。それを山中が聞いて、伊織に世話をしようと云うと、有竹では喜んで親元になって嫁入をさせることにした。そこで房州《ぼうしゅう》うまれの内木|氏《うじ》のるんは有竹氏を冒《おか》して、外桜田の戸田邸から番町の美濃部方へよめに来たのである。
るんは美人と云う性《たち》の女ではない。若《も》し床の間の置物のような物を美人としたら、るんは調法に出来た器具のような物であろう。体格が好く、押出しが立派で、それで目から鼻へ抜けるように賢く、いつでもぼんやりして手を明けていると云うことがない。顔も觀骨《かんこつ》が稍《やや》出張っているのが疵《きず》であるが、眉《まゆ》や目の間に才気が溢《あふ》れて見える。伊織は武芸が出来、学問の嗜もあって、色の白い美男である。只この人には肝癪持《かんしゃくもち》と云う病があるだけである。さ
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