。マリイはおしとどめて、「しばししばし、かく口を揃《そろ》へて問はるる、巨勢君とやらむの迷惑、人々おもはずや。聞かむとならば、静まりてこそ。」といふを、「さても女主人《おみなあるじ》の厳しさよ、」と人々笑ふ。巨勢は調子こそ異様《ことざま》なれ、拙《つたな》からぬ独逸語にて語りいでぬ。
「わがミュンヘンに来《こ》しは、このたびを始《はじめ》とせず。六年《むとせ》前にここを過ぎて、索遜《ザクセン》にゆきぬ。そのをりは『ピナコテエク』に懸けたる画を見しのみにて、学校の人々などに、交を結ぶことを得ざりき。そは故郷を出でし時よりの目あてなるドレスデンの画堂へ往《ゆ》かむと、心のみ急がれしゆゑなり。されど再びここに来て、君らがまとゐに入ることとなりし、その因縁《いんねん》をば、早く当時に結びぬ。」
「大人気《おとなげ》なしといひけたで聞き玉へ。謝肉[#「謝肉」の右に《しゃにく》、左に《カルネワル》とルビ、42−14]の祭、はつる日の事なりき。『ピナコテエク』の館《やかた》出でし時は、雪いま晴れて、街《ちまた》の中道《なかみち》なる並木の枝は、一《ひと》つ一《びと》つ薄き氷にてつつまれたるが、今
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