56、55−11]《かな》はぬことは、ゼネカが論をも、シエエクスピアが言《げん》をも待《ま》たず。見玉へ、我学問の博《ひろ》きを。狂人にして見まほしき人の、狂人ならぬを見る、その悲しさ。狂人にならでもよき国王は、狂人になりぬと聞く、それも悲し。悲しきことのみ多ければ、昼は蝉《せみ》と共に泣き、夜は蛙《かわず》と共に泣けど、あはれといふ人もなし。おん身のみは情《つれ》なくあざみ笑ひ玉はじとおもへば、心のゆくままに語るを咎《とが》め玉ふな。ああ、かういふも狂気か。」
下
定《さだめ》なき空に雨|歇《や》みて、学校の庭の木立《こだち》のゆるげるのみ曇りし窓の硝子《ガラス》をとほして見ゆ。少女《おとめ》が話聞く間、巨勢《こせ》が胸には、さまざまの感情戦ひたり。或ときはむかし別れし妹に逢《あ》ひたる兄の心となり、或ときは廃園に僵《たお》れ伏《ふ》したるヱヌスの像に、独《ひとり》悩める彫工の心となり、或るときはまた艶女《えんにょ》に心動され、われは堕《お》ちじと戒むる沙門《しゃもん》の心ともなりしが、聞きをはりし時は、胸騒ぎ肉|顫《ふる》ひて、われにもあらで、少女が前に跪《ひざま
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