る我身の上を打明けしに、あはれがりて娘として養ひぬ。ハンスルといふは、この漁師の名なり。」
「かくて漁師の娘とはなりぬれど、弱き身には舟の櫂《かじ》取ることもかなはず、レオニのあたりに、富める英吉利人《イギリスびと》の住めるに雇《やと》はれて、小間使《こまづかい》になりぬ。加特力教《カトリックきょう》信ずる養父母は、英吉利人に使はるるを嫌ひぬれど、わが物読むことなど覚えしは、彼《かの》家なりし雇女教師[#「雇女教師」の右に《やといじょきょうし》、左に《グェルナント》とルビ、55−10]の恵《めぐみ》なり。女教師は四十余の処女《しょじょ》なりしが、家の娘のたかぶりたるよりは、我を愛すること深く、三年《みとせ》がほどに多くもあらぬ教師の蔵書、悉《ことごと》く読みき。ひがよみはさこそ多かりけめ。またふみの種類もまちまちなりき。クニッゲが交際法あれば、フムボルトが長生術あり。ギョオテ、シルレルの詩抄半ばじゆしてキョオニヒが通俗の文学史を繙《ひもと》き、あるはルウヴル、ドレスデンの画堂の写真絵、繰りひろげて、テエヌが美術論の訳書をあさりぬ。」
「去年《こぞ》英吉利人一族を率ゐて国に帰りし後は
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