世にありしきとき、伴はれてゆきし嬉しさ、なほ忘れざりしかば、しぶしぶ諾《うべな》ひつるを、「かくてこそ善《よ》き子なれ」とみな誉《ほ》めつ。連れなる男は、途《みち》にてやさしくのみ扱ひて、かしこにては『バワリア』といふ座敷船《ザロンダムフェル》に乗り、食堂にゆきて物食はせつ。酒もすすめぬれど、そは慣れぬものなれば、辞《いな》みて飲まざりき。ゼエスハウプトに船はてしとき、その人はまた小舟を借り、これに乗りて遊ばむといふ。暮れゆくそらに心細くなりしわれは、はやかへらむといへど、聴かずして漕出《こぎい》で、岸辺に添ひてゆくほどに、人げ遠き葦間《あしま》に来《きた》りしが、男は舟をそこに停《と》めつ。わが年はまだ十三にて、初《はじめ》は何事ともわきまへざりしが、後《のち》には男の顔色もかはりておそろしく、われにでもあらで、水に躍入《おどりい》りぬ。暫しありて我にかへりしときは、湖水の畔《ほとり》なる漁師《りょうし》の家にて、貧しげなる夫婦のものに、介抱せられてゐたりき。帰るべき家なしと言張りて、一日《ひとひ》二日《ふたひ》と過《すぐ》す中《うち》に、漁師夫婦の質朴なるに馴染《なじ》みて、不幸な
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